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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)6012号 判決 1984年4月24日

原告(豊中簡裁本訴原告、反訴被告)

吉村浩明

右訴訟代理人

河田毅

被告(豊中簡裁本訴被告、反訴原告)

赤阪美登

右訴訟代理人

並河匡彦

主文

1  原告(豊中簡裁本訴原告、反訴被告・以下原告という)吉村浩明の被告(豊中簡裁本訴被告・反訴原告・以下被告という)赤阪美登に対する別紙記載の交通事故に基づく損害賠償債務は存在しないことを確認する。

2  被告赤阪美登の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、被告赤阪美登の負担とする。

事実《省略》

理由

第一事故の発生及び責任原因

原告は加害車を運転中、別紙記載の交通事故を惹起したこと及び原告は、加害車を後退させるにあたり、後方の安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、本件交通事故を惹起したことは、当事者間に争いがない。

第二被告の受傷

一本件事故の態様

(一)  <証拠によれば>次の事実が認められ、<反訴排斥略>他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1 原告は、親族の新婚旅行見送りのため、加害車を運転して大阪国際空港へ行き、同空港国際線ロビー前の路上へ加害車の左前部をロビー側に寄せ、右後部を道路左側第一車線と第二車線の区分線へ寄せる状態で第一車線上に駐車させていた。原告は、右の見送りを終え、駐車中の加害車運転席に乗り、助手席に原告の伯母を乗車させて、第一車線から第二車線へ後進すべく左後方を見ながら、時速約二キロメートルで約1.6メートル進行した際に、第二車線の停止線付近に信号待ちのため停止していた被害車に衝突してはじめて被害車の存在に気付き、直ちに制動の措置をとつたが、被害車と加害車は接触した状態で停止した。

2 被告は、被害車を運転して、大阪空港国際線ロビー前路上を北へ向け、片側五車線のうちの二車線目の車線を走行中、前方の歩行者横断歩道用の自車対面信号が赤色を呈したので、先頭車として停止線手前で停止し、高速道路の表示板を見ようと、運転席右横窓を開け、上体と首を右側にねじる状態で右後方に視線をやつていた際に、加害車が被害車に衝突した。

3 本件道路は、中央分離帯の設置された片側五車線(18.2メートル)の、アスファルト舗装のなされた広道であつて、大阪空港国際線ロビー側の車線には駐車車両があり、事故当時の天候は雨で、道路上も濡れた状態であつた。

4 車両の衝突部位、損傷の程度をみるに、加害車は後部右角バンパー(地上よりの高さ0.45から0.55メートル、長さ0.22メートルの箇所)に擦過痕が、被害車は後部左側フェンダー(地上よりの高さ0.40から0.88メートル、後部より0.45から0.5メートルの箇所)に軽微な凹損があつた。

(二)  右の事実をもとに、本件事故により被害車の運転席に乗車していた被告の身体への衝激の程度、身体に与える影響をみるに、鑑定人江守一郎の鑑定結果によれば、①衝撃力と車体の変形を工学的に考察すれば、被害車の後部左側フェンダー部分の凹損の深さが数センチメートルとすると、その衝撃力は二〇〇ないし三〇〇kg程度、最大めり込みに達する時間は、0.2ないし0.4sec程度であること、理論的には、実車を用いた対剛体壁正面衝突実験の結果を斟酌し、被害車が車両であつて、ある程度変形する物体である点を考えると、加害車が時速八キロメートルよりはるかに大きな速度で衝突しなければバンパー全体が潰れることはないものというべく、以上の点を総合すると、加害車の衝突時における速度を時速約二キロメートルとすることに矛盾はないこと。②本件事故態様、すなわち、被害車の左後部フェンダーに加害車右後方が衝突したことから、被害車の移動の有無を考えると、本件の如く、車対車の衝突では反発係数は0.2程度であること、理論面における作用・反作用の法則、運動量不変の原理(但し、本件では被害車は側面に衝突されたから、タイヤが横すべりしようとし、タイヤの摩擦によつて、路面からの反力が加わり、これを無視することはできないから、衝突前後における両車の運動量の和は不変ではない。)などを考察すれば、加害車の衝突速度が時速約六キロメートル以下では、被害車は動くことがないこと。③衝撃に対する人間の許容量を、米国における実験結果などから、頸部に負傷を与える推定モーメントは約4.8kg―mであるとし、本件事故においては、平均加・減速度は0.2gであつて、右数量は車体の変形量から求めた値とも一致し、走行している車両に急ブレーキをかけた場合の減速度は0.6g、通常の運転における加・減速度は0.15ないし0.2gであるから、本件衝突において両車に加わる加速度は、通常の運転における加速または減速程度のものであることをも総合すると、本件事故により乗員が鞭打ちを生ずる程の衝撃を受けたとは考えにくいこと、④本件における衝突において、加害車には衝撃力が後ろから前に向つて加わるから、乗員は後方から押され、頭部は後方に回転するのに対し、被害車に加わる衝撃は左前方から右後方に向つているから、乗員の頭部は体のほぼ左に向つて回転されられることから、両車の重量がほぼ同程度であること、従つて、両車に加わつた衝撃加速度もほぼ同じであることを考慮すれば、被害車乗員より加害車乗員の方がより容易に鞭打ちを被ること、以上の諸点を考慮すれば、被害車が受ける衝撃は被害車を時速約二キロメートルで前進または後進させ、コンクリート壁に直角に衝突させたときに生ずる衝撃力と同程度であつて、被害車の乗員に鞭打ち損傷が発生するとは考えにくいし、本件事故時における被害車の運転手の姿勢が鞭打ち損傷の発生に関係するとは考えにくいとしている。

二被告の主訴及び治療経過

(一)  <証拠>を総合すれば、

被告は、昭和五五年一〇月二二日吉川病院において診察を受けたが、その際の主訴としては、首の前後屈、側屈に運動制限が、首の捻転痛が、腰の辺りに圧痛点が、また、むかつき、両手のしびれ、食欲低下があつたことから、同日入院したが、同月二九日には右手の指のしびれを訴え、吉川病院では被告より右の訴えがあつたことから、同年一一月三〇日まで入院治療にあたつていたが、症状が軽快に向つたために、同日から通院治療に切りかえたものの、同年一二月二日には腰及び頂部痛、同月六日には感冒様症状を訴え、同月九日に至り頭痛を訴えるなど不定愁訴が続いていたこと、ところが、吉川病院において被告のレ線検査を実施したところ、第四、第五頸椎にややずれた「感じ」が認められたものの、右は本件事故により生じたものとはいえず、むしろ、本件事故以前に生じていたものと判断されるうえ、外傷によるものか生来のものかも断定しえないものであること、吉川病院では、被告の希望もあつて入院させたものの、昭和五五年一一月三〇日の退院後は、同年一二月が一三日、昭和五六年一月は九日、同年二月と三月は合計六日通院したのみであつたこと、被告に対する治療方法も湿布、牽引、鎮痛剤の投与が主なものであつて、筋肉痛への治療が主であつたこと、吉川病院医師が被告の主訴により、いわゆるむち打ち症状として、頸部捻挫、腰部挫傷として病名をつけ、治療を施した決定的理由は、被告よりの本件事故状況、すなわち本件事故が被害車後部に加害車前部が衝突した追突事故であつて、被告は右事故に遭遇したとの報告にあつたこと

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三当裁判所の判断

右の一及び二の事実によれば、①本件事故は、加害車が時速約二キロメートルの速度で約1.6メートル後進した際に、右後方で停止していた被害車後部左側フェンダー部に加害車後部右角バンパーが衝突し、両車は接触した状態で停止したという事故であつて、車両の損傷も加害車には擦過痕が、被害車には軽微な凹損がそれぞれの衝突箇所に残されていたにすぎない程度の事故であつて、②自動車工学の見地から本件事故をみるに、車両の損傷の程度から加害車の事故時の速度が時速約二キロメートルであつたことを肯定し、本件事故態様から加害車の衝突速度が時速六キロメートル以下では被害車は動くことがなく、また、本件衝突において両車に加わる加速度は、通常の運転における加速または減速程度のものであつて、実験結果による人間の衝撃に対する許容量を考慮すると、乗員の姿勢にかかわりなく、鞭打ち損傷が発生しにくい事故であつたこと、③被告の治療経過をみると、被告を診断した医師は、被告より追突事故に遭遇したとの報告をもとに被告の主訴を判断し、被告の症状を頸部捻挫、腰部挫傷と診断し、他覚所見のみられない被告に対し、主として自覚症状にもとづく筋肉痛への治療を行なつていた、というのであつて、右の如き、本件事故の内容及びその程度、鑑定結果、治療経緯に徴すれば、被告は本件事故により傷害を受けることはなかつたものといわざるを得ないのであつて、被告の吉川病院における治療も、問診の際の、被告の本件事故に関する虚偽の報告に基づき、被告の主訴を信じ、被告の症状を誤診したことによりなされた治療であつたものというほかない。

第三結論<省略>

(坂井良和)

別紙交通事故

事故の発生

1 日時 昭和五五年一〇月一九日午後七時三〇分頃

2 場所 大阪府豊中市螢池西町三丁目五五五番地附近空港外周道路上

3 加害車 普通乗用自動車(泉五六め五三二五号・以下加害車という)

右運転者 原告

4 被害者 被告赤阪美登(以下被告という)

5 態様 原告は、加害車を運転して後進中、折から信号待ちのために停車中であつた普通乗用自動車(泉五五え三二八〇号・以下被害車という)に衝突

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